☆カーニバルで踊られているダンス☆

7/3(火) 今日は何の日?

 

ソフトクリームの日  ・  波の日  ・  通天閣の日  ・  くるみパンの日

 

☆「ソフトクリームの日」について☆

1951年のこの日、

明治神宮外苑で開かれた米軍主催アメリカ独立記念日を祝うのカーニバルの模擬店で、

一般の日本人に初めてコーンスタイルのソフトクリームが販売されたことが

由来とされています。

 

ソフトクリームの日にちなんで・・・

今日は、そのきっかけとなったカーニバルとダンスについてお話します♪

 

そもそもカーニバルって?

カトリックを信仰する諸国で行われています。別名謝肉祭とも呼ばれています。

語源はラテン語で、 carnelevarium(「肉を取り除く」の意)とみられます。

起源は古代ローマ時代の農神祭と考えられ,キリスト教徒によって継承されました。

かつては 12月25日から始まり,新年の祭りと十二日祭とを含んでいたものが,

ヨーロッパ南部ではカーニバルとなり,北部ではキリスト降誕祭(クリスマス)となりました。

カーニバルは,断食と苦行が義務となる四旬節の前に肉を食べて遊び楽しむことを目的とし,

仮面をつけたり張り子の偶像を伴ったりするパレードなどが一般的です。

 

今日ではイタリアのベネチア、フランスのニース、ドイツのケルン、

ブラジルのリオデジャネイロのものが有名になっています♪

 

次はその中でもリオデジャネイロのカーニバルについて

もう少し詳しくお伝えしたいと思います♪

 

リオのカーニバルの歴史

最初のカーニバルは1641年に行われました。

時のポルトガル皇帝の即位を祝い、リオの総督が騎馬隊で目抜き通りを行進したことが始まり

とされています。

これ以来リオの市民達はカーニバルになると奇抜な格好をして、

歌い踊りながら行進するようになりました。

19世紀になると黒人達もカーニバルに参加するようになります。

それによって様々な打楽器が使われ、音楽的にも趣向が凝らされるようになっていきます。

19世紀末になると、黒人たちが「コルダゥン」、「ブロコ」と呼ばれる、グループが作られました。

それぞれのグループが自らの特色を出すために、旗を作りコスチュームを統一し楽隊を加えて

グループごとの差違をアピールしました。

当時のカーニバルは、

マルシャ、ルンドゥ、マシーシ、ショーロやラグタイムのような音楽が演奏されていて、

サンバは有名でなく、ほんの一部の黒人達の間でしか知られていませんでした。

 

カーニバルがパレードになっていく時代

1900年代になると、「コルダゥン」や「ブロコ」に代わって

「ハンショ」という大規模なコーラスとバンドを従えた仮装集団が現れました。

「ハンショ」によってパレードがテーマ性を持つきっかけとなり、

その後のカーニバルに大きな意味を持ちました。

 

リオのカーニバルとダンス♪

ダンスは、リオのカーニバルで深い意味をもっています。

最も有名なダンスは、かつて奴隷たちが海を越えてアフリカからもたらした、サンバです。

サンバは、アフリカ系奴隷たちによって、

ブラジルの街頭の音楽であるショーロなどを混ぜ合わせて生み出されました。

サンバは、カーニバルのダンスとして人気が高いだけでなく、

主な都市の外縁部に広がる貧しい集落でたいへんな人気があります。

こうした集落は、西洋文化の影響などから離れて、

アフリカ由来であるサンバの歴史的な側面を活かし続けているのです。

サンバ以外にも、ルンドゥ、ポルカ、マシシ などのダンスが、カーニバルで踊られています。

 

サンバと音楽の関係

リオのカーニバルの主要なダンスであるサンバは、音楽なしでは踊れません。

その音楽は、カーニバルのすべての場面で重要な要素となっています

リオで聴かれるサンバは、バトゥカーダという、おもに打楽器演奏を基盤にしています。

この音楽は、「歌いながら、踊りながら、パレードすることを可能にするようなリズム」

を網羅するために作られました。

このため、リオの街頭でのカーニバルは、

このバトゥカーダのスタイルが広く取り入れられているのです。

 

リオのカーニバル、1度でいいから見てみたいものです♪

 

少しでもダンスに興味をもった方、

ダンスを始めるのは大人になってからでも遅くはありません!

 

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